ニートの社会復帰にはUber Eats 配達パートナーが最良の道【PR】

半年ぐらい無職だったぐらいでニートぶってんじゃねーよ!

自分がガチニートだった真っ最中のときは、たった半年ぐらい無職期間があって、Twitterとかに『元ニート』『元ひきこもり』だとか書いてる奴に本気でイラッと来ていた。

特に、ちゃんと一般的な社会生活を営んている奴が、『最近は殆どニートみたい生活です(笑)』とかツイートしているのを見かけると、本気で憎悪が芽生えていた。

長期ニート経験者で惨めさで気が狂う経験をした人間ならば死ぬほどわかるはずだ。

今読んでくれいる貴方が私と同類ならば、この文章に漂う底辺独特の腐臭を嫌でも感じ取れるはずだ

社会から隔絶されて、某掲示板みたいなネットの肥溜みたいな場所にどっぷり浸かっていた人間特有の、自嘲気味で暗い情緒を帯びた底辺の臭いって簡単に消せない消えない

ちなみに自分自身は正確に言うと、元『社会的ひきこもりである。

ひきこもり経験は15年ぐらいである。

あるいはキャリア15年の長期ニート経験者である。まぁこの世界では『せいぜい中級者』ぐらいだと思っている。

この世界にはご存知のように上には上がいる世界だ。そして書くまでもないがニートやひきこもりの上級者にはならない方がいいだろう。

この記事はPR記事でもある。だけど『3割』ぐらいは本気で『長期ニートを一刻も早く脱して欲しい』と思って記事を書いた。

綺麗事は言いたくないので低く見積もって『3割程度には本気』だと言わしてもらいたい。

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はじめに:簡単な自己紹介

物心付いた頃から他の子供より弱い人間だった。

子供時代を思い返して、自分が弱い人間だな思ったのは、まず野球クラブ、サッカークラブ、中高の部活動、習い事的なのが何一つ続かなかったことだ

当然、復習やら予習やら全然しないのでスポーツも勉強も全くできなかった

それでも何とか騙し騙し高校ぐらいまでは乗り切ってきた。正確に言うと高校2年生の時に中退して、一年遅れで高校認定(自分のときは大検って名前だった)を取得できた。

ここまではギリギリ一般人コースだった。いざ大学受験の時に崩れた

周囲も真面目な人間は少なかった。不良集団ではないが似たような集団に所属していた。駄目なクラスタ特有の大きめのグループ内のトラブルが有ったのだ

一気にメンタルが病んだ。勉強もバイトも人間関係も何もかも逃げた。現実から逃げて完全に人生の『普通コース』から転落した。

その頃は19歳。そこから鬱ニート⇨バイト⇨鬱ニートを繰り返す、語るに値しない人生を過ごし、27歳の時にまた失敗。

この失敗が決定打になり自分を1ミリも信じられなくなり鬱状態になった。

ここからは、人と物理的に基本会わない会えない、『社会的なひきこもり』と呼べるような状態に突入した。

その状態が実に10年以上続くことになる(※ただし、引きこもりながらも稼いでいた期間も有る)

苦しかった社会的ひきこもり生活

まず最初に自分は家からは外出することが可能なタイプの引きこもりだった。メディアの言うところの『社会的ひきこもり』ってやつだ。

だから部屋から出られないタイプのガチの引きこもりの方がもし見ていたらと思うと自分が『ひきこもり』という名称を使うことに少々抵抗が有る。

だが『ニート』という言葉もいまいち自分にはフィットしない気がする(ネットで稼いでたいたりしたので)。

前置き長くなったが、自分はUber Eatsの配達パートナーとして社会一般の仕事を始めて社会復帰するまで実に11年を要した

とはいえフードデリバリーサービスも基本一人の業務委託の仕事であった。同僚や部下上司などがいるわけでもない。

それから4年後、去年(2022年)、実に引きこもり開始から15年ぶりに施設警備のバイトを始めた。これで本当に意味で社会復帰できたのかもしれない。

42歳になっていた。そこまでの引きこもり開始から脱出まで自分語りをさせていただきたい。

ひきこもり突入から社会復帰まで

27歳⇨30歳ぐらい⇨完全なる鬱状態。毎日『死にたい死にたい』しか言ってなかった記憶しかない。

朝に目が覚めて最初に言う言葉が『死にたい』っていう日々

しんどかったな..。

ニコ生に完全に依存していた。『ニート』とか無職を刺激する言葉をNGワード設定していた

無職、就職、ひきこもり、ハローワークなどの言葉をパソコン画面で目に入るとリアルに顔面が痙攣を起こすレベルだった。当時を思い出すと、不思議とこの事を一番思い出す。

ニコ生を2枠開いて、ブラウザで文字を読みながら、音楽を裏で流しすみたいにして、インプットを最大限にして、心から湧いてくる「呪いの声」をシャットアウトしていた

『バイトしなきゃ』とか何千回も思ったが体が動かなかった。

無職コンプレックス が限界まで来ていた

ストレスが溜まりすぎて怒りの衝動を抑えきれずマウスを壁に投げつけ5回ぐらいマスを買い替えた。パンチして壁に穴を開けた。その直後に泣いたりした。口癖は『ちくしょう』だった。10万回ぐらい言った気がする。

当時の状況としては親との関係、特に父親との関係が最悪になり実家を出ていった。みっともない話だが親から10万円だけ毎月貰って一人暮らしをしていた。

家賃は6万だったので生活は常にギリギリだった。靴が壊れたり、椅子が壊れたりすると、一気に食費が削られる。

二人だけ旧友と繋がっていたのでスカイプ・LINEなどの音声通話で、月に2回ぐらい会話するのが唯一の人との会話だった。

会話がないと独り言だらけになる。常にブツブツ言っている。突然、叫び声をあげたりする日々。

正気の感覚が思い出せなくなってくる。鏡で自分の顔を見れなかった

病的にやつれている幼い顔

あまりに醜くく正視に耐えない顔。本当に辛い日々だったが記憶が無い。この感覚は経験者なら分かるはずだ。

何か少しでも生産的なことを

30歳ぐらい(ニート3年目)⇨鬱状態のなかで何か少しでも生産的なことを始めなきゃと思った

トイレで1ページだけ英単語帳を読むことに決めて実行した。1日に3分程度の勉強なのにそれが死ぬほどキツかった。それをしばらく続けた。

次にあまりに悪筆だったので字の練習を始めた。一日30分-60分程度だけ勉強したことになる。

たったこれだけ?と思われるかもしれないが、全く継続的に努力できない人間だった上に、当時は完全に鬱状態だったのでキツかった

泣きながら毎日やっていたような感じだった。人生に希望が全く見えない時に努力することの苦しさを痛感した

今思い返すと人生で最も鍛えられた時期だったかもしれない。

たった一時間程度の毎日の学習でもだ。それぐらい自分にとっては鬱状態+全く希望が見えない状態+人と会話のない孤立状態での努力は苦しかった

一種の神秘体験

この頃、あまりにも字が上達しないので、パソコンで文字を打ち込みながら「上達しない理由」を考えるようになった。字が汚いので紙に書いて考える習慣が全く無かった自分としてはすごい変化だったのだ。

そしたら、急に自分の思考能力が一気に成長する体験」をした

自分にとっては一種の神秘体験のような出来事だった。勉強していると思わぬご褒美ってあるんだなって脳に刻み込まれた。この時の興奮は言葉では伝えられない。

あまりにも自分には大事な体験に思えた。すぐにこの続きとなる思考力を鍛える勉強をしなきゃいけないって思ったので色々と勉強を漁った。

自分に向いていると感じた数学の勉強をイチからすることになった。正確には小学校の算数からだ。

この頃から一日の勉強時間が3時間以上なった気がする。徐々に勉強時間が伸びていった。算数・数学の勉強はまぁまぁ楽しかったし、阿呆な頭が少しはマシになるという手応えはしっかりあった。

不思議なもので、この体験は後になって『自分のやってみたい仕事』に繋がることになった。

トラウマ化

32歳の頃(ニート5年目)⇨いい加減に無職生活に限界まで嫌気が差していた。それで、忘れもしない32歳の誕生日ときに、勇気を振り絞って郵便局のアルバイトの面接に行った。

面接で思ったよりも自然に話せた。内心、これはイケると思い始めた。ところが面接の最後の最後の時に、名前と住所を面接官の前で書かされた。

悪筆コンプレックスまみれの自分には限界を超える状況だった、、、

手がガタガタ激しく震えた。面接官はドン引き..。

その瞬間に採用が落ちたのが決定した。『なんて虚しい誕生日なんだろう..』ってヤケ酒を飲みながら落ち込んだのが忘れられない。もう32歳だぜ..。

『面接で手が震え事件』は少なからずトラウマ化した

当時の自分はどうしても次のバイト面接へと行動を移せなかった。今になってもこのポイントが人生の岐路だったと思う。

すぐに勇気を出して次のバイトの面接に行けたら人生は大きく変わっていたと思う…。だけど自分はできなかった。身体が動かなかった。しばらく暗黒期が続いた。記憶がない。

自分でもできる自営業を始めよう

34歳頃?⇨『自営業しかないか…』….こんなことを思い始めていた。労働意欲は強く有ったけどバイトの面接にどうしても行けなかったからだ。

そんな頃に、自分にとっては大きな出来事に遭遇する。

近所の駅前に、ボロボロのリヤカーで『干し柿』を300円で売っているオッサンを見かけて衝撃を受けたのだ。

この干し柿、どっから拾ってきたんだよ…』って感じの干し柿が売り物。だけども『これは立派な自営業だな..』と強く思った。

自分の力で稼いでいるオッサンは輝いて見えた。

自宅に帰ってからすぐに、『自分でもできる自営業』を探し始めた

パソコンで頭に湧いてきたことをテキスト化しながら考え、ネットで検索しまくった。最初はカレー弁当でもオフィス街の前でリーマン相手に売ろうとか本気で考えたりした。

せどり、輸入転売、著作権フリーゆるきゃらグッズの受託販売、とか、アイディアを出して、考えて、調べて、を繰り返した

不思議なもので全く辛くはなかったな。その頃には鬱状態はすっかり治っていた。とにかく自営業で稼げるようになりたかった。この頃には起きている時間は生産的に使うようになっていた。

結果が出るまで

それから紆余曲折あり、とある自営業に目標を定めた(諸事情で具体的な職種は避ける)。

最初の半年は本当に必死にやった気がする。寝ても冷めても頭から仕事のことが離れなかった。(※今でもこの時の熱量が欲しい。簡単に手に入らない。)

最初の利益が出るまで半年かかった。食えるまで2年半ぐらいかかった。

それから4年後ぐらい、その自営業を続けた結果、2018年の37歳の頃に年の利益1000万円を達成した。

月100万を目標にしていたので凄い嬉しかった。だけどラッキーが要素が大きかったので本当の実力では無いと思った。しかし、ただの運でもないとは思った。

この商売の収入はトラブルが重なり短期間で泡のように消えた。また低所得者になり貯金を生活費の足しにして食いつなぐ生活になった。

繰り返しになるが某バブルに運良く乗れただけだった。それにも関わらず、ビックリするぐらい自分の自信になった

自信。文字通り自分を少しは信じられるようになったのだ。本当に世間で認められるようなことを何一つ成したことがなかったから。

10代後半から引きこもる20代後半まで、ずっと馬鹿にされ続けてきたから

人から切られ、人から蔑まれ、人から逃げ出し、社会と現実からも逃げ出し、部屋の中で独り自分を憎み続けてきたからこそ、どんだけこの小さな成功が大きかったかと思う

努力をして結果を出す体験をすること。この小さな成功体験が、その後の自分を支え続けた。

身の丈の合わない金は離れていく

通帳に1000万ぐらい入っていた。数字を見てニヤッと笑った

でも浪費らしい浪費は殆どしなかった。何年も買ってなかったので服を買ったりPCを買い替えたりはしたけど。死ぬほど引っ越したかったボロアパートも我慢した。

じゃあ何をやったかっていうと次のビジネスに突っ込んだ。ちょっとやってみた新規ビジネスがすぐに月10万程度の利益が出たのだ。それが地獄の入り口。

その後はビジネスで5回ぐらいは勝負してボロボロ。2年ほどで1000万はあった貯金が見事に全部すっ飛んでいった

これが自分の実力だなぁ….』としみじみ思った。笑

社会復帰のために引きこもり期間にやったこと【シェアハウス苦闘編】

時系列は前後するが、少しは金ができた頃に行った『シェアハウスの体験宿泊』に行った話について書きたい。

少しぐらい金を稼ごうが社会的ひきこもりであって日常に全く会話がないのが本当に悩みだった

別に友達じゃなくてもいい。雑談する相手が欲しかった。だけどバイトすることは当時の自分にはあまりに荷が重かった。そこでふと思いついたのが『シェアハウスに住むこと』だった。

なんで発想が出てきたかというとニート界隈で有名なPhaさん『ギークハウス』のドキュメンタリーとか『山奥ニート』なんかの、テレビ番組を見たのが頭に残っていたのだった。シェアハウス内で繰り広げられる、彼らの関係は羨ましかった

ただ、彼らは経済的に自立している訳で、ニートでも引きこもりでも何でもないって思った

ニートって言葉に過剰反応していた頃だったので、その辺の言葉を安直に彼らが使っているような気がしてそれに対して違和感を持っていた。

彼ら関係のTV番組が放送されると知ると、テレビを持っていなかった自分はネカフェまで見に行っていた。それぐらい彼らのライフスタイルが気になっていた。

どんだけビビったか【シェアハウスに着くまで編】

引きこもり10年弱で、知人以外は一切会ってなかった訳で、対人恐怖がハンパなかった。シェアハウスの体験宿泊を決めて申し込んでから当日までずーっと憂鬱だった。

怖いんですよ。本気で怖い。10年弱ぶりに知らない人と話すどころか、いきなり一緒に暮らすわけですよ?

今書いていて思い出すよ、新幹線に乗って地方の駅に着いたときの緊張感で頭が真っ白になる感覚。シェアハウスに向けて、自然豊かな土地を歩く度に緊張感が増して増していった。

もう笑うしかない。もう笑うしかねーな。』とかずっと言っていた。

そしてガラガラーっとドアを開けて『こんにちは。よろしくお願いします。』ってな感じでシェアハウスに入ったわけですよ。そこにいるのは自分と似たりよったりのシェアハウス住人たちを想定していたんですね。

キツい一発【シェアハウス滞在編 ①】

着いたら、昔は優秀なサラリーマンだったシェアハウスのオーナーに、その地方の商談関係で来ていた社会人が二人で、初対面の合計3人の中に急に入ることになったんですよ..。

いきなり超ハードモードだったわけですよ..。(さすがに勘弁してくれよ..)

一応は和やかに3人が会話していくなかでポツンといる傍観している私がいるみたいな感じで終盤のお開きになったときに自分が何歳かみたいな話になったわけです….

それで『37歳です』みたいなことを言うわけですが…..偶然に同席した地方のビジネスマンが

『えぇ、学生かと思った..』

(※相手はドン引き)

このキツさ分かります?マジで(笑)?

無理して10年ぶりに社会に出てきた引きこもりにはキツいです。内心で発狂しそうになった。本気で誇張抜きにですよ。笑

「ニートの顔が幼い問題」の結晶みたいな体験。

うるせぇ。うるせぇ。悲しくなりますね。社会復帰の過程って本当に大変です

想定以上の住人たち【シェアハウス滞在編 ②】

強調しておきたいのは、この某シェアハウスのオーナーはめっちゃ優秀で器の大きな人だ。事前にYouTubeなどにアップされていた動画などを見たりして、散々調べたが実際に会っても同じ感想を抱いた。

想定外だったのは住人たちだった..。

この某シェアハウスは3食付きで家賃3万円以下だった。だからこそ自分でも当時の収入で払えたし、そこにいる住人たちもネットなどで稼いだり、週2のバイトで稼ぐみたいな、社会適応が上手くない人達なので自分が住んでも許されることを想定していた。だが違った。

なんと住人全員が無職。家賃すら誰一人払わずタダ飯まで貰って生活していたのだ。さすがに自分も愕然とした。それを許しているオーナーも半端ない懐の深さだと思った。

ご飯を皆で食べるのだが、食卓に皆が揃うなかで住人の1人がスマホで大音量で動画を流し始めた。社会性が無いので引きこもりになったりする訳だが、社会性の無さの種類が自分の想像の外にいる人達がいるんだなと改めて思い知った。

その初日の最初の食事でハッキリと理解した。ここに自分は住めないわ

ただ、ここで何人かのマトモな人と話した。シェアハウスのオーナーをやりたいという短期滞在者、地元に住んでいる関係者の若い女性、それとオーナー。特殊な環境も手伝いある程度は自然に話せた。

10年ぶりに知らない人と雑談できた事実。これは大きな体験だった

至福の体験【シェアハウス滞在編 ③】

3泊するぐらいの予定だったが、もう限界だったし、ここに住むことも、他のシェアハウスに住むこともないって悟ったので、早朝の誰もいない時間にオーナーに感謝と帰る旨を伝えるメールを送り、早々に岐路に着いた(限界だったのでバックレたとも言える)

だけども….早朝の眩しい光のなか、大自然と田園に囲まれながら駅までの田舎道を歩いていた時に…

今まで体験したことのないような、高揚感・恍惚感・エクスタシーみたいな異様な快楽に包まれながら歩いていた

異様に気持ちよかった。名状しがたいほどに。結局、危険を乗り越えたからだと思う。死ぬほど嫌だった怖かった『人の群れ』の中に入って何とか目的を遂げた。この事実。

人間は危険から生還するときに生命が輝くようにできているらしい。肉体の内なるエネルギーが解放され躍動するみたい。

この異常な快楽をもたらす危険からの生還体験は自分の人生の指針になった

「ビビること」をやろう。それが生の道だと思った。一種の快楽主義者になった。

この手の体験は忘れない。人間は苦しい体験の方が覚えている。誰かに傷つけられたり、不注意で恥をかいたりするのと違うのは、能動的に自分が目標を設定した危険であり、それを遂行する上で生じてしまった苦しみということだ。

これらの能動的な失敗の苦しみはピッカピカに輝いている。後悔なんて無いんだ。他人様に大きな迷惑をかけたりしなければね。

人生がスッカスカの引きこもり人生だったから、少しでも残りの人生に価値を埋め込むために、自分で設定した危険に挑むことが必要なんだ。そう確信した。

自分は人の何倍も臆病であり、積み上げてきたものがあまりに少ないから、自分の挑戦は世間から見ると醜い行為の連続になる。今後もそうだろう。それでもいい。仕方がないから。

いずれにせよ、このシェアハウス体験宿泊への旅は人生の行動指針を得た貴重な体験になった。

vs 対人恐怖 【苦闘編】

このシェアハウス体験後にネット自営業による収入も少し増えてきたこともあり、対人恐怖症の克服のための行動を始めた

※★の数はキツかった度

  • ホームレスさんの炊き出しボランティアに参加(★)
  • 某ニコ生で知った特殊な飲み屋に行く(★★★)
  • SNSで気になった女の子が店員している飲み屋に行く(★★★★★)
  • ガールズバーに行く、その他(★★★)
  • 一回だけナンパする(★★★★★)
ホームレスさんの炊き出し編【難易度 ★】

何年も知らない人と話していない社会的ひきこもりが、いざ会話するリハビリあるいは訓練をしようとすると、どこで誰と話せば良いのか分からなかった。そこで街で見かけた炊き出しボランティアに参加してみたわけだ。

結論から言って、自分勝手なの対人恐怖リハビリ目的には全く向いていなかった

まず新参者の自分には他のボランティア参加者との会話が殆ど無い。意外だったのが自分のような医療や司法など、特定技能の無いボランティア人員に関しては明らかに過剰だった。人が余っていたのだ。こうなると勝手の分からない新参者なんて全く役に立たない。よって周囲との会話も生まれない。

また、これも非常に自分勝手な都合だが、メンタル不健康な社会的ひきこもりは、メンタル不健康な方が多い、ホームレスさん達と接していると率直に言ってキツい。こちらも精神的な余裕がない。都合よくボランティアという建前を利用している自分が悪いのは当然だが。

炊き出しに参加するホームレスさんも新参者のボランティアスタッフと会話なんて望んでいる人は基本いないよう。また、ボランティアさんの属性も想定を上回り色々。ただただ、自分には他のボランティアさんと交流することも難しいように感じた

数回参加したが社会復帰に繋がりそうな経験は得られそうにないと判断して行くのをやめた。とりあえず、対人恐怖が強い自分が行動をしきったことで良しとした

※今思えば厚生労働省がやっているような「公的機関」に相談すべきだったのかもね。実際のところは経験がないので全然わからないんだけどさ。

全国の相談窓口はこちら|ひきこもりVOICE STATION
全国には、ひきこもりに関するさまざまな支援機関・相談窓口があります。なかでも、「ひきこもり地域支援センター」は、令和3年4月現在すべての都道府県・指定都市に設置されています。支援のしくみや全国のひきこもり支援機関の情報をご紹介します。
某ニコ生で知った特殊な飲み屋に行ってみる【難易度 ★★★】

当時はニコ生中毒だった自分。ニコ生では飲食店の店内で配信している人が結構いた。そこで気になった特殊な属性の方が集まる某飲み屋に行ってみることに決めたのだった。

飲み屋の近くまで来て、近くの公園で緊張して体が動かない。ここでもシェアハウスの時に比べればマシという考えがよぎった。公園でビール一気飲みして気合で店に入った。

入店した時のことを何年も前のことなのに今でも忘れられない。新宿のとあるBARのようなオープンしたばかりの店です。

居たのは、超有能なその特殊属性の界隈では有名な某オーナー、日本語流暢な若いスペイン人男性、凄まじい色気のある美人な占い師のお姉さん、パッと見でエリートと分かる頭脳明晰そうなスーツを着たサラリーマン男性、また優秀そうなその特殊属性のITエンジニアの方が1人が、BARのテーブルで皆で談笑している。

その輪に場違いな自分が入ったんですよ。この頭真っ白さわかりますかね。きっつい(笑)

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結論から言うと、素晴らしい人達だったので何とか輪の中に入ることができた

思い返せば、自分は高校中退で、何個かしたバイトにしろ何にしろ、ずっと底辺街道を歩んできたので、素敵な大人の人達とリアルで会話したことが無かったんだよね。彼らがめちゃくちゃ眩しく見えた。

こういう魅力的な人達と関われるような人生にしたいって焦がれるように思った。

すぐに自分の置かれいる状況を考えて絶望的な気持ちにもなった。なんて自分は魅力のない人間なんだろう。素敵な一夜の体験だっただけに現実を見ると落差が酷かった。

だけど勇気を振り絞って前に進んだ上での体験だった。何とか少しでも前に進もうっていう気持ちにしかならなかった。ここでも少し前に進んだ

この手の店に3軒、合計で6回ほど行った。あくまでも自分はその界隈の特殊属性の人間では無いこと、自分という人間の能力などを考えると、これ以上行く気にもなれなかった

この頃すごい迷っていた。半端に稼いだ金も有り、まだまだバイトする気にはなれず、他に雑談相手を得る方法がサッパリわからなかったから。

SNSで気になった女の子が店員している飲み屋に行く(難易度 ★★★★★)

最初に断っておくがキモい話だ。まぁいいだろう。

当時の自分は本当に人生を変えたい、特に新しい人間関係を作るヒントが欲しかった。何をして良いかさっぱり分からなかったので、Twitterで少しでも気になった知らない人を片っ端からフォローしてみたのだ

大量のアカウントを老若男女問わずにフォローして、何か少しでも違うなと思ったらフォローを解除していった。最後の最後まで残った20代前半の女の子がいた。クリエイター気質で、滅茶苦茶な家庭環境で育った人特有の行動力とメンヘラ気質。クリエイターだけあってネットでの自己演出がめっちゃ上手かった。

会ったことも無いのにその子の完全にファンになってしまったのだ(キモいですね自覚はありますw)

当時のヒキニートの自分の思考回路としてはBARの店員をやっているその子に、実際に会いに行くなんてことは1ミリも考えていなかった。諸々と社会復帰してから会いに行きたいなんて思っていたわけだ。だけど時間だけが異様なスピードで過ぎていく。

ランニング中に『その子が働いている店に会いに行ってみようか..』って思いついた。

この考えを思い付いたその瞬間から恐怖で一杯になった。劣等感まみれの自分は発狂しそうだった。中年引きこもりなんですけど自分。

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んで、行ってみたんですよ。その飲み屋に。入る前の緊張感がヤバかったです。人生でここまで緊張したのって無いかもっていうレベルで。

ドアを開けて入ったら『お目当ての女の子の店員』と、見知らぬ『男性客の1人』の合計2人が狭い店内にいました。この男性客が最高にクセモノだったんですよ…

初見から違和感が有りました。昔はチンピラだったオッサンみたいな雰囲気

だけど大好きだったネットでしか知らなかった女の子が目の前に居たので舞い上がりまくりで、その危険信号の電波が緊張ノイズで上手く受信できなかったんですよね…。

その飲み屋はスタッフと話すのが前提のような狭いお店でした。一瞬迷ったものの、私はこの男性客とも会話しないといけないと判断しました。だから軽い感じで最初からコミュニケーションを取ったんですよね。

だけど、この男性客は女の子スタッフに『自分語り』をひたすら続けていました。そこに自分も入るような形になってしまいました。

この女の子も自分は客なので『話の輪』に私を入れてくれるよう気遣いしてくれましたが、とにかくこの男性客がずっと話の主導権を握って喋っていたわけですね。

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緊張しすぎて頭が真っ白だった割になんとか3人で会話していたのですが、私が話を振ったら男性客が急にキレだしたんですよ

男性客『ねーねー、こいつアレでしょ?』

※自分が顔が幼いことを指摘して突いてきている訳です。その女の子に言いふらすようにして..。(またコレか..)

男性客『あー!?』

ブチギレて私を睨みつけ脅してきました。元チンピラみたいな人だったので迫力が有り、私も一瞬ビビり怯みました。好きな女の子の前で一瞬でもビビった姿を見せてしまい死ぬほどダサかったです..。

自分の心の声『どーすんのコレ??』

※この状況が意味不明すぎて出てきた言葉でした。今後の状況がどのように進むのか全く理解できませんでしたので、内心で絞り出るようにこの言葉が出てきたのを強烈に覚えています。

特殊な店なので一見さんなんて入ってこない店です。この男性客も女の子と何らかの縁で知人だったはずです。知人の店で他の客に普通絡みます普通?

相当頭のおかしい人間だったのご理解できると思います。。この男性客は自分を脅して、店から追い出して、自分一人で女の子と話したかった訳です。それが通ると思っていたわけですね。。

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男性客『絡むタイプです(笑)』

だけどこの直後、女の子の店員の顔を見て、すぐにこの男性客の顔が凍りつきました。

※うわぁ、って、、驚いて顎が外れるような顔をしていました。彼としては自分の行為は当然許されると思っていたので女の子に完全拒絶されたのが意外だったのですね..。

男性客『お、お会計で..!』

※この男性客は女の子の顔を見て、瞬時に自分の状況が絶望的であることを悟り、すぐに現場から逃げるという選択をしました。動揺しまくって声も裏返っていました..。そして、平静を装い..

男性客『〇〇だよねー?』(※自分の失態を笑いで転がそうとする)

女の子店員『・・・(無言)』

※漫画の一コマみたいに『シーン』って場を静寂が包みました..。彼は派手に滑りった訳です

滑ったことを自覚して動揺しまくる男性客が一言…

男性客『も、もっ、もう一軒行っちゃおうかなぁー』(※泣き声)

本気で泣き入って泣き声が口調に入り動揺しまくっている訳です…

自分から絡んできたのに…。この男性客も40過ぎたチンピラ風のオッサンですよ…。

しばらくして、ふと彼は我に返り、メンタルの動揺を持ち直して(ここはヤンキー属性だけあって回復は速かったです)、もう何もできないことを悟り、静かに店を去っていきました

私の顔も一度も見ませんでした。

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彼が去り、他の客やらオーナーやらが来たりして、結局、自分も殆ど目当ての女の子とロクに話せないまま帰ることにしました..。

諸々、自分もかなり滑っていたようで男性オーナーが帰り際に私に見せたシラケた顔が忘れません。汚物を見るような顔。二度と来るなよって顔をしていました(苦笑)

女の子は丁寧に対応してくれましたが、まぁ対応に困っていましたよね。。そりゃこんな意味不明なことが有ったら対応に困りますよ彼女も。

自分の夢の全てが終わりました..。

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家に帰ってしばらく放心状態でした。そこで腹の底からゆっくりと吐き出された言葉だけがヤケに覚えています…

『大丈夫だ…』(自分が自分自身に向けて吐露するように)

一応はずっと興味があった子に会いに行くわけじゃないですか。勇気を振り絞って。それがチンピラみたいなのに絡まれて、ロクに話もできず、オーナーにも害虫扱いされて帰ることになったわけです。

行動した。ただ、その一点だけが自分を支えていて、他はあまりにボロボロで、想定を遥かに上回る酷さで、行動した自分を評価して落ち着かせるように絞りでた言葉が『大丈夫だ…』ですよ。

その後、翌日、色々と有ったからというのもあり、不思議なぐらい女の子に対する熱は醒めました。Twitterのフォローもそっと外して、綺麗さっぱり忘れることができました。

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あと強く思ったことが一つ。絡んできたチンピラ男性客についてです。

『あの程度の人間もいるんだな』

グワッと心の底から絞り出されるように湧いてきた言葉でした。

自分は殆ど社会経験が無い世間知らずな30後半のヒキニートの先入観で世にいる大人たちは成熟した社会人ばかりを想像していたんですね。強く思い込んでいた。

このチンピラおっさんは自分を見下し、絡んできた訳ですが、自分は相手のことを『大したことないな』って腹の底から思ってしまいました

あまりにも自分と経験してきた人生も違うし、能力も違うけども、そんなビックリするほど自分と比べて高いレベルにいないな、この程度の人間が社会人をやっているんだなって腹の底から思えた

社会に出ていく上でビビりまくっていた自分。だけども、あまりにレベルが低いこの体験だったおかげで、『もう、これ以上酷いのは、まず無いよな』って思えたんですね。

これは暗示みたいに言い聞かせているわけじゃないです。実際酷かったんで。対人恐怖が少しずつ軽減してきて新しい体験に挑む弾みが付いたんでね。

出会うべきタイミングで、出会うべき人と出会う、みたいな言葉が有りますけど、双方にとって実は出会うべき人だったのかもしれません。相手も相当ダサかったんでね。笑

ガールズバーに行ってみる、その他、編 (難易度 ★★★)

前述の絡まれ事件で負傷した心の傷も数日で大方癒えて、ガンガン行こうって気持ちになってきたんです。

ビビることをしなきゃいけないみたいな強迫観念が有りました。それぐらい社会復帰したい気持ちが強かったんですね。

そこでガールズバーに行くことを決意しました。もちろん初めてです。ビビりました。でも、前回の好きな女の子の店に行くときの緊張と比べたら月とスッポン状態。酒パワーと気合で取り敢えず入店できました。

結論から言うとガールズバーに「6時間」ぐらい滞在。酒の力もあってめっちゃ楽しかったですw

神様が前回頑張ったご褒美をくれたのかな?不思議なぐらい話しやすい女の子が多くて、話せたし楽しかったです。

ガールズバーってイザ行ってみると客もオッサンばかりで思ったより緊張するような場所じゃなかったっていうのも有りました。

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ちなみにコミュニケーションは当然苦手でした。なので雑談を学習するために読んだ書籍(雑談力が上がる話し方 齋藤孝)が有ったんですよね。

詳しくは忘れましたが、多くの場合は考え過ぎで、『雑談は頭に浮かんできたことを、ただそのまま話せば良い』みたいなことが書いてあったんですよね。

そこで、頭に湧いてきたことを、そのまま話すっていうのを実行してみたんですよ。「いい天気ですねー」でもいいし、「変わった洋服着てるね」でもいいし、何でも良いんです。

これが意外なぐらい有効なことが分かってきました。たったこれだけで、表面上の浅い会話ぐらいできるんだって思えました。だんだん知らない人と話すことも慣れてきたんですね。

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それからガールズバーにも10回は行きました。酒を飲めば何とかこなせる。だけど酒も無しだとキツいです。自分が失言したりして相手を不快にさせてしまったりしたことを思い出します..。

基本、長くは会話できません。自分は退屈な人間だなって思い知らされます。最初から不機嫌なスタッフもいました。性格が悪そうな子も。素敵な美女も。

なんか色々と勉強になっていたので、まだまだ行きたかったのですが、この頃から金が尽きてきたこともあり行くのをやめました

他にも女の子がいる系でキツいのを数回体験。その度に考えさせられました。成長と一緒に毒を飲んでいる。こんな感じのを味わいました。

ナンパ編 【難易度 ★★★★★】

この頃は、なにか対人絡みのビビることをしないといけないという考えに付き纏われていました。そんな最中に偶然手にとって読んでしまったんですよね

究極の男磨き道 ナンパ 』という恐ろしい本を(一読の価値がある良書でです)。恐ろしい考えが浮かびました..。

一回ぐらいナンパしてみるか…

こういうアイデアって思いついたときから恐ろしくて固まっちゃうんですよね…。

分かると思うんですけどナンパなんて言っても性欲とは程遠いものです。社会復帰を目指す社会的ひきこもりのコミュ障おっさんがナンパしても上手くいくわけないじゃないですか..。

無視されるの前提で、玉砕してこそ大成功という企画ですよ..。

==

そんでやってみることにしたんですね。そんで街頭に立つわけですよ。

完全に石ですよ。石像です

脚も口も動かない。体が完全に動かない。歩道で完全にフリーズ。

無限に湧いてくる訳です、ダサい臆病な迷いが..

『声かけるって、、年齢は、容姿はどんな子、、、服装は、雰囲気は、最初の言葉は、、、』本当に無限に選択肢が出てきて、とにかく全く声をかけられない。

1日、2日、、、一週間、、2週間、、、。一日2時間ぐらいだったと思いますが全く無理でした。毎日、声をかけずに帰る際の自己嫌悪がハンパなかったです..。

結局、3週間で何とかクリアしました。もちろん見事に「不快な顔で完全拒否」されました。笑

何ていうか安堵しましたね。だけどね、今回は成功って感じは全くしませんでした..。ビビりすぎてあまりにステージクリアまで日数が掛かりすぎたからでよね。

人間の心理として最初にビビって行動しないとズルズルいく。どんどん怖くなってくる。考えすぎて難しくなってくる。やるなら速攻でやることの大事さを思いました。

ただ、ここでやり遂げられなかったら心がまたダメージを負いましたよね。心を腐らせる毒の摂取は避けらました。

==

ちなみに、ナンパだけは次にまたやる気には全くなれませんでした。自分にはハードルが高すぎました。もう限界でした。

無理をするからこそ自分の心理的な限界のラインが良くも悪くも見えてきます。この限界ラインを知ることって大事だと今でも思っています。

ふとした瞬間にこのラインのことを思い出すんですよ。自分の限界を思い出して、励みになったり、苦笑いして次はクリアしたいとか思ったり。基本的に自分の限界ラインを知ることは良いことだと思います。

この頃になって、ネットの自営業の方が駄目になり、切り崩していた貯金が無くなり、いよいよバイトなり何なり生活費を稼ぐ方法を考えなければならなくなりました

… 対人恐怖症 苦闘編 終わり…

社会的ひきこもり経験から得たもの

まずハッキリ言っておきたいが、社会的ひきこもりの経験なんて、真っ当な社会経験と比較したらゴミだ

友人・同僚・恋人なんかから得られる人間関係の経験、仕事の経験、勉強やら遊びやら、、、これらの真っ当な経験と比べたら引きこもり経験なんて目も当てられない虚しい経験だ。その上で言いたいが、虚しい社会から隔絶した引きこもりの年月から得たものも確かに有った

読者も似たような生活を送っているであろうに書くかと言うと、社会的ひきこもりを脱して、社会に身を置いてみて、初めて見えてくる価値も確かに有るからだ

自分が得たものは殆ど一つだけ。それは長年に渡り孤立した経験だけだ

何を今更と感じる人が多いと思う。変な話だが引きこもりになる人間というのは寂しがり屋が多いはずだ。孤独に弱い人間のはずだ

友人に依存し、親に依存し、何かしら依存できる対象には徹底的に依存する。依存度が高いがゆえに、異常に彼らに要求が多かったはずだ。そして、それが満たされくて強く不満に思ってきたはずだ。結果、孤立する。

今、浦島太郎みたいに歳を取り、社会的ひきこもりから脱して、何とか社会にほんの爪先ぐらいは突っ込みながら経済的に自立して生きていて、引きこもる前の自分に比べて孤独にだけは強くなった。これだけは強く思う。

このことは、引きこもり真っ最中には真に感じることができないと思う。経済的に自立して、少しは新しい人間関係ができて、初めて実感できることなんじゃないかと思う。

それは親への経済的な依存が無くなり、少しは新しい人間関係ができて、初めて精神的に余裕ができてから感じられる価値なんだと思う。傷付いた皮膚が塞がり、その皮膚の傷跡が固くなるみたいに。

Uber Eats 配達パートナーになる編

プロローグ:決心編

ついにネット関係の自営業で稼いだ金が尽きました。もう腹を括るしか有りません。自分が最後に対人関係のあるバイトしていたのは実に10年前…。

繰り返しますが、この10年の間、殆ど人と話していないんですよ。話したのも基本的には友達のみ。

例外として、上に長々と書いてきた社会復帰の為に、対人恐怖克服の為に、苦闘してきた経験がありました。こんだけ色々とやってきたというのもあって、何とか社会復帰する気になれたのです

なんで社会復帰する仕事にUber Eatsで配達することを選んだかというと、外から配達の様子を見ていて、人間関係が少なそう=自分にも何とかできそうだからという分かりやすい理由である。

最初っから社会復帰の一発目はUber Eats 以外は考えられないって思っていた。

※Uber Eats などフードデリバリーサービスでの配達は、個人事業主として配達業務を請け負っているのでバイトではありません

Uber Eats 配達パートナーとして初めての配達編

Uber Eats では基本的にぶっつけ本番で一人で配達することになる

配達する方法は公式ガイドの他にも、今はYouTubeなどでも十分に事前学習する為の教材は十分に揃っている。私も初配達の前は徹底的に学習して初配達に挑んだ

何度も事前シミュレーションしていたけども実際の最初の配達のときは頭が真っ白で緊張した。商品を受け取りにお寿司屋さんに行ったけど駅ビルの中でどこに有るのかパッと目視でわかる感じではなく混乱。

ふと冷静になってフロアマップを見て場所を把握。無事に受け取り、何とか初回配達を終えた。たった一回なのに精神的に疲れすぎて初日は一回配達のみで帰宅。部屋で安堵したのを覚えている。

たった一回の配達だけど『これなら自分にも続けられそうだな』って思えた。

すぐに配達で疑問に思ったことや心配になったことなどをPCで言語化して問題の対策を立てた。とにかくミスをしてトラブルを起したくなかった。

今はUber Eats 配達パートナーとして6000件ぐらいの配達をこなした。だからこそ断言できるが、ちゃんとやる気が有ることを条件に、

ひきこもり・ニート系の人間の社会復帰に、これ以上に最適な仕事ってまず無いって思っている。

※Uber Eats 配達パートナーは、個人事業主として配達業務を請け負っているので、バイトではありません

社会復帰を目指す人に紹介したい記事

ここで引きこもり14年の男性が社会復帰を果たした記事を紹介したい。

自分もこの記事を読んだときは他人事とは到底思えず胸に込み上げてくる強い思いがあった。是非、読んでみて欲しい。

参考記事⇨『ひきこもり14年の男性が、月50万円稼ぐウーバー配達員になった理由

ひきこもり14年の男性が、月50万円稼ぐウーバー配達員になった理由 | ハーバー・ビジネス・オンライン
緊急事態宣言等で需要が高まるウーバーイーツ。関西では、月に純益50万円以上を稼いだ配達員がいる。Iさん(41歳)。大学時代に不登校になり6年半かけて卒業、その後14年以上ひきこもり状態に。そんな彼は…

Uber Eats 配達パートナーとして配達するメリットと注意点

以下に経験から思った、社会的ひきこもりからの社会復帰から、Uber Eats 配達パートナーとして配達するメリット・デメリットなどをまとめてみる

メリット①:バイトではないので、面接が無い、履歴書の提出が無い

面接官があなたの真っ白の履歴書を見て、不審そうな顔をしながら『この期間は何をしていたの?』なんて聞いてくる、こんなシーンを想定してビビって固まってしまう人も多いんだと思います。

しかし、Uber Eats などフードデリバリーサービスで登録するのに面接やら履歴書提出などは基本的にありません

割りとマジで天の恵みでしょ?どうですかね? 社会復帰の為のチャンス以外のなにものでもないでしょう。こんな都合よいの他になかなか無いって。

私はほぼ確信しているのですが、ニートやら引きこもりの大半の人達は『熱心に仕事する属性の人達』だと思っています。だから最初の一歩さえ踏めれば問題ない

メリット②:一人で配達するので面倒な人間関係が無い

引きこもりになる原因の多くが人間関係だと思います。引きこもりが社会復帰する際に、一般的な職場の人間関係のようなものは社会復帰の妨げにしかなりません

フードデリバリーサービスの配達は、もちろん注文者の方や飲食店スタッフと、必要に応じて業務的な伝達をすることがあります。ですが引きこもりの人が一番恐れるのはここじゃないですよね。業務連絡的なコミュニケーションに関してはすぐに慣れる方が多いと思います。そもそも最初から問題ない人も多いでしょう。

メリット③:報酬を得ることができる

すごい当たり前だけど超重要なこと。長いこと無収入で苦しんでいたであろう社会復帰する人にとって十分な報酬を得ることができます

※報酬は時間、地域、プロモーションによって異なります。

※ちなみに自分は自転車時代は、注文者が多い大きな駅の公営駐輪場に自転車を置いて毎日電車に乗って通っていました。こんな方法も有りなんです。

さっさと自分で稼いだ金で好きな物を買うという自分の生活を取り戻しましょう。この辺の苦しみは敢えて書きません。皆さんも散々苦しんできたはずですから..。

メリット④:好きな時間に始める。好きな時間に終える。

一般的なアルバイトだと12時-17時の午後シフトを担当するみたいなシフト制度が採用されているのが一般的だと思います。しかし、Uber Eats(ウーバーイーツ) では、このようなシフト制度を採用していません。

好きなタイミングで配達を開始して、好きなタイミングで配達を終えることが可能です。配達する時間は自分で任意に決められて自由なんです。

自由度が圧倒的に違う。極端に言うなら1年に30分だけやっても良いわけです。事前予約みたいなことは一切必要が無し。

自分のペースに合わせることが可能なんです。これは実際に自分が長く続けられている理由の大きな一つです。

注意点①:自転車、原付バイク(125cc以下)、軽貨物車両が必要

配達なので荷物を運ぶ為の何かしらの『車両』が必要となります。都心部に住んでいる人なら最初は自転車から初めてみれば良いと思います。その後、原付きバイク(125cc以下)なんかに変更することは、もちろん後からでも可能です。

とにかく1時間の配達だけでも良いので自転車で実際にやってみましょう。自転車ならレンタル自転車サービスで電動自転車を一日レンタルすることが可能です。有名どころで自転車がマトモなところだと『HELLO CYCLING』なんかですね。

近所で配達できるようなエリアでなくても、電車で最寄りの配達可能な街まで出ていけばOK

レンタル自転車を借りて、とにかく一回やってみてください。そのたった一回の配達の体験から世界が変わる可能性が高いです。どーでも良いじゃないですか毎日できなくても。一回だけやってみることが大事なんです。

自分の場合

ちょっと自分自身のことを話すと、普通二輪免許を持っていた自分は、最初はヤフオクで6万円でアドレスV110という20年前の中古の原付きバイク(110cc)を購入して初配達に挑みました。故障があまりに多くて典型的な安物買いの銭失いになりました。

その後、自転車に切り替え一年ぐらい自転車でやりました。自転車は大きな繁華街の公営駐輪場を月に3000円ほどで借りました。

自転車でやり込んだから分かりますが、最初に色々と経験して理解するまでは自転車で十分です。

特に引きこもり系の人は体力が全然無いと思います。自転車でやっていると日に日に体力と筋力が付いてきます。ビックリするぐらいよく眠れるようになります。ご飯が美味しくて食べまくります。

身体が鍛えられて、メンタルが根本から前向きに変わってきます。だからこうも自転車を推すわけです。笑

次に新車をアドレス125という原付きバイク(125cc)を購入。最初から新車を買った方が良かったですね。燃費が倍ぐらい違い、一年で計算すると凄い差。古い車両は結果的に損することが多いと思います。今はこの車両で配達をやっています。

注意点②:スマホは必須

配達をする上でスマホは絶対に必要となっています。引きこもり系の人はスマホを持っていない方も多いかもしれません。スマホに関しては何とか手に入れてください。どうしても必要です。

スマホ購入する予定の方に言いたいのは、中古スマホでも良いですが、あまり古い機種や、あまりにも安すぎる機種を買うのは避けてください。Google MAPをめっちゃ使うのでスマホ選びで大事なのはGPS性能だったりします。

中古で5千円以下のスマホとかのを買うとGPS性能が悪い可能性も有るので気をつけましょう。GPS性能が劣っているのを使うと、マップで現在地がズレたりしてGoogleMAPのナビ機能が上手く機能しなかったりするんです。

購入前に商品レビューなどでGPSに関する不満がないか調べてください

あとはモバイルバッテリーが必要となりますが、最初の1回の配達の為に無理に購入する必要はありません。とにかく最初の一回だけ気軽にやってみましょう。それで諸々わかるってもんです。向いているのか向いていないのかも。

※モバイルバッテリーはAnker PowerCore (10000mAh )を自分は利用しています。本体重量、価格、容量、このあたりが色々試しましたがベストだと感じています。参考にしてみてください。

注意点③:商品を運ぶためのバッグが必要

Uber Eats の公式バッグを最初はオススメします。サイズ、防水性、価格、よく考えられてできています。

価格は4000円です(調査時)。バッグの使い方はYouTubeなどで事前に調べましょう。商品を上手に運ぶためにコツがいくつかあります。

>> バッグ(Uber Eats 公式)

注意点④:基本的に一人なので情報不足になりがち

これは良い点でもあるのですが、どうしても一人なので、人経由で入ってくる情報が無く、情報不足になりがちです

フードデリバリーサービスの業界では細かいシステム変更が多いと感じていますので、SNSなどを利用して最新情報を多方面からインプットしておくことが意外に大事だと感じています。

注意点⑤:必要書類、必要資格など

Uber Eats の配達パートナーに登録するには、自転車でやる場合では(プロフィール写真、身分証明書、銀行キャッシュカード)などが必要なります。使用車両等により提出書類も異なります

詳しくは以下の公式ページにて確認してください。

>> 配達パートナーの登録要件 (Uber Eats 公式サイト)

注意点⑤:配達の方法について

配達の方法の概要について気になる方も多いと思います。公式サイトのガイドや、YouTubeの動画などで確認しましょう

>> Uber Eats での配達の基本 (Uber Eats 公式サイト)

【PR】Uber Eats 配達パートナーに登録する

この記事は既に冒頭に書いたように「広告記事(PR)」ではある。

ただ、フードデリバリーサービスで配達パートナーになることは自分なりに本気で社会復帰に最適だと思っているので、自分のニート脱出の記録を正直に書いたつもりだ(全部がホントの話だ)。

職場の人間関係という最も社会復帰を難しくするものが無いものから始めるのが良い。言い訳がましくなるけど、自分が引きこもってしまった当時に、Uber Eatsが存在していれば、自分は社会的ひきこもりになんてならなくて済んだんじゃないか?って思いが本音としてある。

あまりの自信喪失から、とにかく他人に対する恐怖感が募り、引きこもってしまった。労働意欲は有ったんだよ。

中長期の社会的ひきこもりの人達は、まずはUber Eats の配達パートナーに登録して社会での再スタートを本気でオススメしたい。なかなかこれ以上の選択肢って他に無いって。

※身分証明書、スマホ、自転車、があれば、取り敢えずUber Eats 配達パートナーに登録できる。気が向いたらノリで頼みまっせ🙏

[PR]登録はこちらから >> Uber Eats 配達パートナープログラム

【a】Uber Eats 配達パートナー募集

配達にすっかり慣れてきた頃に思ったこと

配達にすっかり慣れてきた頃、脱初心者した頃、一番感じたのは精神の安定だった

ネットで稼いでいた時代も含めて、あまりに孤独だったので、人と一切会話していないに近かった。配達で外に出て、少しでも店員さんなんかと会話するだけで全然違ったのだ。

番号を伝えて商品を受け取るみたいな最低限のやり取りだけど、社会でのリアルな対人関係が少しでも有ると全然違う

他にも改めて深刻さを感じることも有った。不意に話しかけられたりするとパッと言葉が出てこないことが多々あった。これは緊張とかじゃなくて長期間の引きこもり生活で言語能力自体が脳みそレベルで衰えているとしか思えなかった。

つくづく、会話、雑談、コミュニケーション、リアルな対人関係の能力を向上させたいという思いを一層強くした。どんだけ会話に人間関係に飢えてきたか。それに尽きる

だけども次のステップには簡単には進めなかった。10年以上の新しい人間関係のブランクは重い。社会復帰が簡単だったら世の中でこんなにも引きこもりが溢れていないよな。

Uber Eats 配達パートナーに登録してから丸2年以上が過ぎた。

駄目駄目

便宜上、自分の行動した側面ばかり書いた。だけども当然、自分はダメダメな部分が全然抜けてない

勉強や仕事の間にボケーっとして全く集中できていない時間がとても多い。

集中力が絶望的に無い…。あまり都合の良いことだけ書きたくないのでクソ無駄な時間の使い方が一向に改善しないことを書いておきたい。

施設警備のバイトを始める編

詳細は省くが、所持金180万&借金100万ぐらい合計280万ぐらい突っ込んだ、小さな自営業のビジネスでまたコケた。結果的に借金が100万円ほどになった。

さすがにマズいという感覚が膨らんできた。経済的にフードデリバリー1本だけでは不安になってきた

何よりも人間関係が有るバイトなど、他のメンタルの新しい支えが欲しいという焦りがMAXになったのだ

人間、追い詰められないと中々動けないので、今回は大手求人サイト『Indeed』で(これはPRじゃないぞ)、『施設警備』で検索してみた。

街を歩いていて「今の自分には警備員ぐらいしか無理そう」って前から思っていたのでのである。

30分以内に目についた警備会社に希望メッセージを送った

自分としては不思議なぐらい勢いが有った。ここ最近は自分なりに挑戦してきて、少しは自信を取り戻してきたから勢いで応募できたんだと思う。

応募した会社は求人内容を見た瞬間に、自分向きだと「ピーン」と来る内容だった。実際にやってみて予想通りで自分でも驚いた

  • 公営系の施設の土日だけの勤務が基本
  • 公営系なので仕事内容も人間関係もヌルい
  • 時給や有給などの労働条件が良い。
  • 土日だけなので人間関係が楽
  • 土日だけなので本業を他に持っている人が多いので多様な背景を持った人達がいる

面接も精神的にキツかったけど即採用だった。ここでも対人恐怖を治す為に行動してきたことがやっぱり活きたと思う。

実際に施設警備をやってみて、『これなら自分でも続けられそう』ってすぐ思えた。自分にしてはトントン拍子で行けた。なんでこんなに時間がかかったのかな…。

施設警備をやって一年後の今思うこと

14年、15年ぶり?に組織内で人間関係が有る仕事をした。細かい話を書いてもしゃーないので痛感したことを書きたい

新入りの自分に周囲が気を使ってくれた

暗そうな印象の悪かったろう新入りの自分に、周囲の人達がかなり気遣いの言葉をかけてくれた。正直かなり助かった。

だけど、、初日に『君、明日から来なくていいよ』とも言われた。笑

実はこの言ってきた人、未だに誰かわからない(たぶん今はいない人)状況的に休憩室が混雑している時に離れた位置から言われたんでね。冗談っぽくだったけど何だったんだろう(苦笑)

大枠では人間関係は上手くやれているとは思う。やっぱり人間関係だから合う合わないは露骨に有るけど。

やっぱり周囲から色々と見透かされていると思っている。だけど、その弱点を突いてくるような性格の悪い人達は職場に居なかったってことだ。

退屈な言葉で言うと、ありのままの自分を受け入れてくれたってことなんだと思う。

バイトとはいえ土日だけのある意味では特殊な職場なので、同僚や上司に精神的に大人な人が多かったのが適応できた大きな理由だと思う。これに尽きる。

バイト先を選ぶことの大事さを改めて強く言いたい。今どきの求人サイトは口コミなども掲載されているし、少ない情報かもしれないが想像力を働かして狙って欲しいって思う。

社会的ひきこもりにとっては死活問題だ。バイトレベルでも、その職場での人間関係でその後の人生が大きく変わるんだと思う。

仕事上のお願いなどは積極的に受け入れた。人間関係の為に。

病欠者の穴埋め、平日の特別勤務、残業、面倒な特殊な早番など、人がやりたがらない仕事の依頼は基本的に全部受けた

引きこもりブランクのあるコミュ障なんで『都合の良い奴』になった方が得だと思ったのだ。結論としてこの戦略はやって良かった。

何が良かったって、面倒な役を引き受けたので、その特殊な仕事をやった際には、少数メンバーでの仕事になった。少数だけで相手と密に話す機会ができた

仲良くなり色々と話しを聞けたり、逆に気が合わなそうな人と一緒にやってた場合も最低限の信頼関係ができて、大きなトラブルを結果的に回避できたと思っている。

今後も人間関係だけは気をつけたいと本当に思っている。大事なのは業務日誌みたいなことを付けること。相手の表情の変化を見逃さず言語化して対策を事前に考えておくことだと今は思っている

きっと慣れてきて油断した頃にトラブルが来る。できるだけトラブルを避けるには人の性格や職場の人間関係の理解の蓄積が大事だ。

人数が多い職場だし揉めている人は揉めている。自分の理解不足で他者の争いに巻き込まれたくない。

引きこもり時代に思考力は確実に上がっていた

上述のように人間関係の対策やら、マニュアルの無い面倒な仕事を覚えなきゃいけなかったとき。思考能力、あるいは学習能力が随分と上がっていることに気がついた。引きこもり時代に勉強やら自営業やらをやってきた成果だった

引きこもりは学習習慣が無い人間が多い。弱さが故に勉強を習慣的にすることができないのだ。勉強しない人間は思考能力が弱い。自分もそうだった。

思考能力が無いと、仕事はできないし、人間関係のトラブルもよく起こす。頭の悪さが引きこもりになる大きな原因の一つになっているんだと思っている。もちろん頭の良い勉強の出来る引きこもりも沢山いる。こちらは知的なだけに逆によりメンタルが病的な感じがする方が多い気がする..。

逆を言えば勉強するなら大幅に思考能力は改善できる問題なんだと思う。引きこもり時代に勉強するかどうかは、引きこもりが社会復帰できるかどうかに凄い大事なことだ。このことは痛感した。仕事でミスは連発した、でも問題を言語化して対策を立てて修正できた。つまり問題解決能力が少しは上がっていたんだ。

やりたい仕事っぽいことが見つかった

ずーーっと、本当にずっと、自営業のビジネス関係の話が誰かとしてみたいと思っていた。引きこもり時代に全く自営業の話ができる人が居なかったんだ。それが苦しかった。

そして、その機会はここの職場で訪れた。意外なことに自分がやっていた自営業の職種に似た経験がある人がいたのだ

50代後半のすごいマトモな人で自営業は結果的に失敗してしまったようだが、商売の経験値、人生経験、何もかもレベルが違った。人間としての器量が全然違った

上手く言えないけど自分はその人といつになく集中して話せた。ビックリするぐらい頭の中が整理されていくみたいだった。

帰宅後、そのことについて考えて、翌日に、ふと自分がやってみたい自営業が大枠で見つかった。前日の会話がキッカケになって思いついたんだ。

まだ蜘蛛の糸を掴むような話なので詳細書きたくない。誰にも話したくない。形にしたいって思っている。今までも浮かんでは消えてきたことは有ったし。

ただ、今回は手応えがいつになく良い。上手くいったとしても食えるのは相当先の話だ。自分にとっては、このアイディアが浮かんだことが感動的なことで未だに実感がない。

なんでこんなことをゴチャゴチャ遠回しに書いているのかというと、引きこもっている人には重要な出会いがないっていうことだ。

一緒に仕事する人との出会いとか、恋人と出会うとか、そんな分かりやすいことじゃない。こんな小さな会話でも人生を左右したりする。そんな大事な出会いがない。人生の妙味みたいなのが無い。人が意図せず貴方に与えてくれる運がない

こんな風に自分も相手に運を与えられる人間になりたいなって思った。

それができるようになる為に大事なのは、自分が人生の課題に向かって熱を持って動いていることなんじゃないかな。技術じゃない気がする。たぶんアドリブから出てくるもので、狙ってできるもんではないはず。まぁこの辺は自分もよく分からない。

ずっとやりたいことを見つけたいって思ってきて40歳になっても見つからなくて。自分はやりたいことなんて無い人間なんだと虚無感を感じていた。

それなのに、43歳でやりたい仕事っぽいことが見つかった。これは今は果てしなく大きいことのように感じる。

だけど本当なのかまだ自分でも疑っている。形にしたわけじゃないからね。だから形にしたい実現したい。『やりたいことを見つけられた』ってはっきりと自分自身に対して言いたいという気持ちがある。

まとめ:施設警備のバイトをして

対人恐怖症がかなり癒えた気がする。長かった。まだまだ全然知らない人が怖い。小さなことで焦り散らかす。かっこわるい。

やっぱり人間関係が有る仕事をしてこそ社会復帰って言えると思う。フードデリバリーサービスの配達だけじゃ社会復帰とは言い難い。

引きこもりってから社会復帰まで15年かかった。貴重な20代、30代をロクでもない使い方をしてしまった。なんで、ここまで来るまでに、なんでこんな時間が掛かったんだろう…。正直、何度も何度もそう思ってしまった。

次に行かなきゃ

自分は今の生活スタイルを続けたくない。次のステージに行かなきゃと焦っている。

借金が150万ぐらいはあるから今の自分は生活するのに精一杯。何が無いって金が無いから時間が無い

書いたようにやってみたい自営業が見えてきた。だから何とかしてその方面で稼いでやりたいっていう希望が有る。

全然ハッキリしない目標だし、今の経済状況なり一部の他の状況が結構キツいのもあって、いまいちピンと来ていないんだけどね。

何とかやっていこうってことだよね。『足先だけ見て一人で進もう』って、いつも呪文を唱えている。先のこと考えすぎても鬱になる。過去なんて振り返るとフリーズしちゃう。

==

自分は「アドレナリンの爆発」みたいなのを根底で求めている。瞬間的な歓喜みたいなのを。

自分にはトラウマが何個か有って性格の根っこが暗い人間になってしまった。だから「まったりとした穏やかな幸福な生活」みたいなのを自分は得ることは無理って思っています。

自分が得られる幸福は、、、

  • 危険を乗り越えたときに出る興奮状態から生まれる一瞬の快楽
  • コツコツ地道に積み上げて難題をクリアしたときに得られる達成感

この2つの快楽しか無い気がしています。

短時間で消える爆発的なアドレナリン的な快楽を人生に求めています。一瞬だけど満たされるから

基本状態が不安・焦燥・悲哀なんかが充満している満たされないメンタル。だから、一瞬だけ激しい快楽に包まれて満たされたい。

何でこんなことを書いたかって言うと、結構多くの暗い人間に共通する本質だと思うからかな..。

ここまで誰か一人でも読んでくれたら満足かな。相当に物好きな人だと思います。どうしようもない内容な気がするけど、こんなのが自分の本性な気がします。ネガティブな感想でも、誰か一人でも読んでくれたらならありがとう

ではでは〜

追記:「私」のニート脱出に有効だった記事・本・動画・サービスなどを紹介

ネットの世界には社会復帰のヒントが間違いなく眠っている。キツい社会復帰を乗り越えた先人たちの様々なルートの軌跡を無料で読むことができる。

大事なのは自分に合っている方法を探すことだ。見つかればこっちのものだ。それをヒントに行動を開始すれば社会復帰の扉が一気に開く。

ニートから⇨正社員へ はてな匿名ダイアリーの記事 [サポステを利用しよう]

ネットで見たサポステに応募。カウンセリングとグループワークをしばらく続ける。

これは本当にありがたかった。周りはみんな自分と同じダメ人間なので、数年ぶりに引け目のないコミュニケーションが取れる。

同居している親の話では、この頃から俺の目に生気が戻り始めたそうだ。

サポステとは「地域サポートステーション」という厚生労働省が委託している就労などを支援する民間施設のようだ。全国に177施設もあるようだ。自分は知らなかった。

引きこもりやら長期ニートは、もはや自力で何とかできない所まで来ているケースが多いと思う。この手のニートにも優しそうな人的な支援は受けた方が良い可能性が高い。

『引きこもり ⇨ サポステ ⇨ 仕事』 みたいに、間にクッションを挟めるなら挟んだ方が良い場合が多いと思う。

地域若者サポートステーション
地域若者サポートステーションについて紹介しています。

ひきこもり14年の男性が月50万円稼ぐ Uber Eats 配達パートナーに

上にも貼ったがもう一度リンク貼る。熱い。自分もやるっきゃないっていう気持ちにさせられた。

ひきこもり14年の男性が、月50万円稼ぐウーバー配達員になった理由 | ハーバー・ビジネス・オンライン
緊急事態宣言等で需要が高まるウーバーイーツ。関西では、月に純益50万円以上を稼いだ配達員がいる。Iさん(41歳)。大学時代に不登校になり6年半かけて卒業、その後14年以上ひきこもり状態に。そんな彼は…

家入一真 著:こんな僕でも社長になれた【引きこもり⇨上場企業の社長へ】

※書籍の無料全文公開です

家入一真さんは中学生でイジメが原因で引きこもり⇨新聞配達バイト⇨就職で遅刻などで駄目駄目⇨起業して大成功

あまりに特殊な事例で多くの引きこもりには全く無縁の話でしょう。

ただ、家入さんの引きこもり体験は、多くの引きこもりに共通の苦い体験であって、家入さんはなんちゃって引きこもり系の方ではないです

細かい具体的なヒントではなく、壮大な引きこもりのストーリーとして、勇気や夢を貰える感じがある。書籍なので長いが読書が苦にならない人にはオススメだ。

家入さんは引きこもり中に勉強していた。ここが違った私と。引きこもり中に勉強できる人はいつか脱出できるというのが私の持論。

私は若い頃は勉強が継続してできませんでした。だから社会復帰に時間がかかったと思っている。そもそも10代の頃から勉強を継続できる強さがあれば自分も引きこもらなかったと思う…….。

ブログの記事の検索ツール [自分の属性に合う先人ブログを見つける]

はてなブログなど個人のブログを専門で検索できる検索サービスを紹介したい。Googleで表示されるWEBサイトの傾向が大きく代わり、昔のように個人ブログが見つけにくくなった。そこで誕生した便利な検索ツールだ。

  • ニート(ひきこもり) 社会復帰
  • ニート 脱出 (+ブログ)
  • ニート バイト 
  • ニート サポステ

自分が思いつくキーワードを使って検索しまくってみよう。必ず自分に合った先人達のブログが見つかると思う。

山奥ニート【山奥で共同生活】

よく言われることだがニートとは言えないと思うし、山奥で共同生活という、かなり極端なライフスタイルを送っているので、実際的に彼らの生活スタイルを取り入れられる人は少ないとは思う。しかし何か元気を貰える存在である

PHAさん関係 【新しいライフスタイルのヒント】

ニート系?シェアハウスの流れを作った元祖の方。山奥ニートの方もこの流れを組んだ方だったはずです。

経済的に自立しているのでニートではないですが、ゆるーく生きるライフスタイルの新しい形を世の中に出した方なので何かしらのヒントを掴めるかもです。ただし、あくまでも特殊なライフスタイルと言えると思います。やっぱPHAさんは特殊な才能を持っている方で非凡人だと思うので。

けんすう氏の質問に対する回答群【偏った考えを解き放てるかも】

有名起業家のけんすう氏(古川健介さん)がQ&Aサービスに来た大量に質問に回答に答えている。何と言っても、けんすうさんは攻撃的な言葉を使わないのを徹底している方。よくここまで見ず知らずの人に丁寧に回答できるものだと関心する

けんすう氏のような社会経験の豊富で極端に優しい方の大量の回答は、長期ニートが偏見まみれの社会と人生に対する考えを変革してくれる可能性が十分にあると思う。

※ニートや引きこもりの質問にも答えているものも多いです。貴方も質問すれば答えてくれるかもしれません(あまりに大量に質問が来ているらしいので不確定ですが)。

ブログ「アルコール依存症のなれのはて」【悲惨な話だが私は読んで何故か落ち着いた】

このブログはニートとは無関係である。個人的に刺さったので紹介する。非常に特殊なブログだが。個人的には不思議と取り憑かれように読んだ。

絶縁していた弟が20年ぶりにアルコール中毒になって脳に障害ができた廃人となって再開を余儀なくされた姉のブログである。

アルコールのような何かしらの中毒になったり家族関係に問題を抱えるニートの方が多数派なんじゃないだろうか。だから刺さる人も多いと思う。このブログが面白いのは著者が姉という、珍しい視点からの著述であることと文章が非常に上手いからだと思う。

気休め?に読んでみても良いかもしれない。

SOAR(ソアー)【様々な問題を乗り越え体験を知れる非営利メディア】

記者による対象者の取材記事系のWEBメディアです。自分からGoogle検索経由、SNS経由では辿り着けないような人々を知れるのが魅力の一つかと思います。かなり濃厚な取材を通して書かれた記事ばかりなので読み応えがあるものばかり。こちらも何かヒントが見つかるかもしれません。

精神科のお医者さんのYouTubeチャンネル【専門家からヒントを】

メンタルの病を抱えている長期ニート・ひきこもりの方は多いと思います。こちらも何か回復へのヒントが見つかるかもしれません。

洞窟おじさん【洞窟で犬と社会的ひきこもり】

実家を愛犬と飛び出し洞窟で生活していた実在する人の話。こころが病みきっていて何かメンタルの栄養剤が必要な人にこそ読んでみて欲しい

洞窟おじさんは人との接触を何十年と絶つことになるが、やがては人間社会の片隅に戻っていくことになる。

書籍:最新脳研究が教える 16歳からの勉強法【勉強をしてこなかったニートは勉強方法がわからない】

私は10代の頃に一切勉強ができない人間だった。だから、勉強を始めても勉強法を知らないので、初期の頃は技術が一切身に付かなかった。つまり極端に頭が悪かった。

これは恐ろしい。勉強方法って社会適応能力そのものって言ってもいいぐらいだと思う。バイトを始めてみても仕事が覚えられない、職場の人間関係の問題に対処できないなどに直結する。

自分もそうだったが『頑張れば何とかなる』とかって勉強してない人に限って安直に思うものだ。

そう甘くはないので、勉強方法の本や記事を読んで、まずは愚直に真似てみるのが効率的だろう。この本は東大の脳科学者が書いていてオススメの一冊だ。

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